品川ファミリーの土曜
今日は午前中、1年の授業参観、PTAの運営員会、全体委員会がありました。今年は275名の方が委員になってくださいました。
ある委員の方は、数年やったから今年はお休みしようと子供に相談したら、「お母さん、楽しくないならやめてもいいけど、楽しいんじゃない?私も6年かけて卒業するんだから・・・」と言われ、続けることにしたとのこと。
午後は1年生保護者会、5年生保護者会とPTA行事が目白押しでした。1年生はご両親でお越しになる方が多く、私が5分前に講堂に行くと、主任と教頭が慌てて椅子を並べていました。初めての保護者会ということで、私を含めスピーカーそれぞれ熱が入り、最後の主任の話のときには残り時間ゼロ!(ごめんなさい)
お父さんの会にも1年生の3分の1の方が申し込まれているとのことです。(私が参加できずごめんなさい)おやごさんもお子さんと一緒に6年間、品女ライフを楽しんでいただきたいと思います。
5年生は進路の話がすべてになるかと思いきや、主任はけっこう、体育祭の話も語っていました。3年生のとき総合優勝した団結力のツワモノたちですが、さすがに委員の中心となる5年では、本気を出してパワーアップした6年生に「5度目の正直」で優勝が渡りました。(6年生はこれで、思い残すことなく勉強してね)
校歌のときに5年生の口が止まっていたので、「あなたたち、顔に出すぎ!校歌ちゃんと歌いなさいよ」というと、「すみません。ボーゼンとしてました」とのこと、そして、「来年はすべての競技で勝つ!」「千点取る!」「校長先生、来年6年生を応援してくれるなら私たちの学年Tシャツあげる」とのこと。(いつでも上から目線の品女生)。でも、団体戦はいいとして、徒競走とリレーは作戦考えなきゃね。(今から走り込むとか、体育館シューズの底を駿足に張り替えるとか?あ、本当にやらないでね)
5年生は部活と行事の中心になりつつ、進路を見極め勉強にも集中する1年、まさに品女的マルチタスクの極みを体験することになるでしょう。
私たちの学校が失敗を恐れず、生徒の為なら6割ゴーで様々なチャレンジを続けられるのも、こうした熱い生徒、ご家族、品川ファミリーの皆さんのおかげです。
体育祭の日、多くの旧職員、卒業生が応援に来てくれました。
そして、ある卒業生からこんな話を聞きました。
「28プロジェクトの話を聞いたとき、本当に感動しました。私、亡くなった恭子先生が最後に一クラスだけ担当していた授業に出ていたんです。その時は学校改革が始まった頃で、先生がこうおしゃったんです。『私はもう長く生きられないけど、学校を必ず変える。ガラッと変える。あなたたちが大きくなって学校に戻ってきたとき、学校が変わっていたらそれが成功したと思ってね』って。」
当時、副校長だった私の母の言葉だそうです。48で末期癌で余命6ヶ月と言われたとき、「私は死なない。学校の改革が進み、5号館の建築が終わる5年後までは絶対に生きる」と宣言し、その言葉通り5年間、きっちりと仕事をしきって逝きました。
転移で片肺の機能が失われたと言われた病院の帰りがけ、学校用の上履きを買っていた姿を思い出しました。
楽しい話からこんな話になってしまいましたが、土曜は多くの品川ファミリーの集まる日、この学校が90年周年を迎えられたのも、こうした縁ある一人一人の力のおかげなのだとしみじみと感じています。