「頑張る」という言葉
頑張ろう、頑張れ・・・という言葉をこのところしばしば耳にします。
私は生徒や卒業生に「頑張ってください」と言われると、うれしくて元気が出ます。
学校改革が始まった頃、厳しいことが重なって落ち込んでいたとき、いつもはあまりそういうことは言わない同僚が、ぼそっと「頑張って」と声をかけてくれた一言が今も心に残っています。
そして、最近テレビから繰り返し流れてくる、それと同じ言葉を聞き、
「これは誰に向けられた言葉なんだろう」
「これを受け取る人はどんな気持ちになるのだろう」
と思うとき、頭をよぎるつらい想い出があります。
それは、母がちょうど今の私と同じ年頃、末期癌で入院していたときのことです。
母は当時、本校の副校長で、とても気丈な人でした。
40代で余命半年と言われたとき、医師に、
「いいえ、先生、私はあと5年生きます。まだやらなくてはならない仕事が沢山ありますので」と宣言し、
自宅療養中、日中は「病人みたいな気持ちになるから」と、決してパジャマを着ずに服を着ていました。
肺に転移が分かった後、病院帰りに復帰の日のため、学校用の上履きを買っていました。
そうして、5号館の校舎が建ち、水泳部のプールが完成し、中学生だった弟が大学生になり、宣言通りの5年目、最後となる入院をしました。
体重も半分くらいになり、もう自力では呼吸も排出もできなくなったころ、お見舞いの方が、
「頑張ってください」 という言葉を残して帰った後、
私に、消え入るような声で、
「もう、頑張りようがないのよ」 と言いました。
「頑張って」言われて頑張れるときもあり、頑張れないときも、頑張り方が分からないときもある。
言葉って難しい
人の立場に立つのって難しい
それを知った上で、手足を動かしていきたいと思っています。