2017年11月24日

紅葉の皇居東御苑

Filed under: 百代の過客 — 仙田 @ 3:35 PM

11月22日(水)、PTA文化活動として、私の説明の下、保護者の方々と東京駅から皇居東御苑を巡りました。当日は120近い参加者があり、多くの方と交流を深めることが出来ました。

ランチをとった東京ステーションホテルは、東京駅開業(1914年)の翌年に設置された、東京駅と共に歩んできたホテルです。川端康成や松本清張などの定宿であり、東京駅がキーワードとなる清張の『点と線』はここで構想されたのかもしれません。ホテルでの美味しい食事に舌鼓を打った後は、皇居へ向けて散策の開始です。

まずは、東京駅。東京駅は、日本の近代建築の礎を気づいてくれたコンドルの弟子辰野金吾の設計です。5年前に改修された3階建てのドームはとても綺麗で、保護者の方々も上を向いたままその意匠に魅了されていました。干支や鷲のエンブレム、イギリス積みの煉瓦など、辰野が残した数々の痕跡を感じて頂けたかと思います。

行幸通りを抜け、和田倉橋を通って江戸城本丸跡のある皇居東御苑へ。桝型形式の大手門から入城し、三の丸尚蔵館を右手に見て、同心番所・百人番所のある中雀門前まで進みました。大名達が江戸城に入る雰囲気を感じつつ、将軍への謁見の大変さが実感できたことと思います。ここでは、江戸城内の石垣の積み方を説明しましたが、大きな石垣を目の当たりにし、当時の技術の高さを実感して頂けたらと思いました。

そして、富士見櫓・松の廊下跡を見て天守台へ。江戸城の天守閣は、1657年の明暦の大火で焼失しましたが、幕府はそれ以降富士見櫓を天守閣の代わりとし、江戸の街の復興を優先させました。また、松の廊下での浅野内匠頭による刃傷から始まる赤穂事件においては、吉良上野介を討った大石内蔵助ら四十七士も幕府は文治政治の世として切腹としました。このように、江戸幕府の為政者の考えを噛みしめながら、散策することも良かったかと思います。

紅葉の時期にもかかわらず、混雑していなかったため、要所での説明も出来ました。その上、本当に良く耳を傾けて頂いた保護者の方には大変感謝する次第です。バスの駐車場の都合で少し長めの散策となりましたが、気合いを入れて横断歩道を走る姿に品女の保護者の団結力を感じました。

PTAの役員の方々には、このような機会を作って頂き、本当に有り難く思いました。そして、またの機会があれば頑張りたいと思いますので、宜しくお願いします。

 

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